透析室存続の分岐点|唯一の専門医が退職した日の記録

夕暮れの透析室に残された白衣(透析専門医退職のイメージ) 透析
唯一の専門医が去った透析室。それでも治療は止められない

👨‍⚕️ この記事の執筆者
臨床工学技士(国家資格)/登録年:平成15年(2003年)/登録番号:16,000番台
透析専従20年以上・担当症例1万件以上。北海道内の病院で血液浄化業務に従事。

記事公開日:2026年7月 最終更新日:2026年7月

📌 この記事の信頼性
本記事は、筆者が実際に当事者として経験した「透析専門医退職後の透析室存続プロジェクト」の記録をもとに執筆しています。統計データは日本透析医学会(JSDT)の公式統計調査(2024年末)を引用しています。なお、個人・施設の特定を避けるため、時期や細部の表現は一部変更しています。

✅ この記事でわかること

  • 唯一の透析専門医が退職するとき、病院内で何が起きるのか
  • 透析室を「存続させる」か「閉鎖する」かを判断する考え方
  • 専門医ゼロでも透析室を回すために必要だった5つの仕組み(全体像)
  • 同じ状況に直面したCE・看護師・事務職が最初にやるべきこと

「先生が、辞めるらしい」

数年前のある日、私が勤めていた病院の透析室に、その知らせが届きました。当院で透析診療を一手に担っていた、唯一の透析専門医の退職。後任はいない。院内に透析の診療経験を持つ医師は、他に一人もいない。

透析室のスタッフとして20年以上働いてきた私にとって、これは「担当医が変わる」という話ではありませんでした。透析室そのものが消えるかもしれない、という話でした。

結論から書きます。その病院の透析室は、閉鎖されませんでした。専門医ゼロのまま、10人以上の非専門医と、臨床工学技士・看護師・医師事務作業補助者・医事課が役割を分担する体制をつくり、存続しました。

この記事は、そのとき現場で何を考え、何を決め、どんな仕組みをつくったのかを記録するシリーズの第1弾(総論)です。

これは決して、めずらしい話ではなくなっていきます。日本透析医学会の統計調査によると、2024年末のわが国の透析患者数は337,414人、患者の平均年齢は70.27歳に達しています。患者数は減少局面に入った一方で高齢化は進み、透析医療を支える医師の側も高齢化と偏在が進んでいます。とくに地方の中小病院では、「専門医が一人辞めたら透析室が終わる」という構造そのものが、すでに珍しくありません。

同じ立場に立たされたとき、現場のコメディカルに何ができるのか。私たちの経験が、どこかの透析室の判断材料になればと思い、この記事を書いています。


目次

  1. ある日突然やってくる「専門医退職」という現実
  2. 最初の分岐点:存続か、閉鎖・縮小か
  3. 判断の軸は「自院の都合」ではなく「地域の透析救急」だった
  4. 専門医ゼロで透析室を回すためにつくった5つの仕組み
  5. 現場のCE・看護師・事務が最初にやるべきこと
  6. よくある質問(FAQ)
  7. シリーズの全体像(今後の記事)

1. ある日突然やってくる「専門医退職」という現実

透析専門医の退職が決まったとき、院内で最初に起きたのは「静かなパニック」でした。

透析室には入院・外来をあわせて数十名の患者さんが通っています。透析は週3回、休むことのできない治療です。「来月から医師がいないので中止します」という選択肢は、そもそも存在しません。

一方で、院内の他の医師たちは全員が透析未経験。「自分たちで診られるのか」という不安の声は、当然のように上がりました。実際、院内の検討会では医師からこんな質問が次々に出ました。

  • 外来患者は何人残るのか。転院する患者はどれくらいか
  • シャントトラブルが起きたら誰がどこに依頼するのか
  • 透析未経験の自分たちが診て、トラブルが起きたとき病院は守ってくれるのか
  • 土曜日・祝日の当番は誰が担うのか。そもそも医師は常時必要なのか

臨床工学技士の視点

このときの経験で強く感じたのは、「不安の正体は、業務量ではなく未知であること」だという点です。医師たちが恐れていたのは透析業務そのものというより、「何をどこまでやればいいのか分からない」状態でした。逆に言えば、業務を分解して見える化できれば、協力してもらえる余地は十分にある。ここがシリーズ全体を貫く最大のポイントになります。


2. 最初の分岐点:存続か、閉鎖・縮小か

専門医の退職が決まった病院には、大きく3つの選択肢があります。

選択肢内容主な課題
完全閉鎖透析室を閉じ、全患者を転院地域の受け皿があるか。救急対応の空白
縮小存続外来維持透析をやめ、入院・救急対応のみ残す収益悪化。スタッフ配置の再編
体制転換して存続非専門医の分担管理に切り替えて継続医師の協力体制。安全性の担保

どれが正解かは、施設と地域の条件によって変わります。ここで重要なのは、「専門医がいない=閉鎖」と短絡しないことです。閉鎖にも縮小にも、実は大きなコストとリスクがあります。

当時の私たちの地域では、転院先となり得る近隣施設の受け入れ余力は限られていました。数十名の維持透析患者を一斉に受け入れられる施設は、現実的には存在しなかったのです。

実体験より

検討の過程で、外来患者の一部は退職する専門医とともに転院し、残りの患者さんは当院に残る見込みとなりました。私の観察した範囲では、高齢の患者さんほど「通い慣れた場所・顔なじみのスタッフ」を選ぶ傾向がありました。転院は単なる事務手続きではなく、送迎手段や家族の負担まで含めた生活の再設計になります。「全員転院してもらえばよい」という前提は、地方では机上の空論になりやすいと感じます。


3. 判断の軸は「自院の都合」ではなく「地域の透析救急」だった

存続の最終判断を後押ししたのは、院内の収支計算ではなく、地域医療の視点でした。

当時の検討で決め手になった問いは、シンプルにこれです。

「この地域で透析患者さんが急変したとき、受け入れる場所はどこか」

透析患者さんは、溢水・高カリウム血症・シャント閉塞など、時間との勝負になる緊急事態と常に隣り合わせです。地域内で緊急透析に対応できる施設が減れば、そのしわ寄せは確実に患者さんの命に及びます。

私たちの病院は、その地域の救急対応を担う立場にありました。だからこそ「うちが透析室を閉じたら、この地域の透析救急はどうなるのか」という問いが、存続という結論につながったのです。

臨床工学技士の視点

存続か閉鎖かで院内の意見が割れたとき、「自院の負担」を軸に議論すると話は前に進みません。負担の話は、どうしても「やりたくない理由」の応酬になるからです。一方で「地域の透析救急をどう守るか」という軸に置き換えると、立場の違う医師・看護師・事務が同じ方向を向きやすくなりました。会議の議題設定ひとつで、結論の質は大きく変わると実感しています。


4. 専門医ゼロで透析室を回すためにつくった5つの仕組み

存続を決めた後、実際に構築した体制の全体像です。詳細はシリーズの各記事で解説しますが、骨格は次の5つに集約されます。

仕組み1:医師体制の2層化と「分散管理」への転換

透析に関わる医師を「治療方針を検討する担当医グループ」と「臨時処方などを手伝うサポートグループ」の2層に分けました。全員に同じ関与を求めず、「30分の手伝いならできる」という医師の申し出も歓迎する。そのうえで、月1回の定期データカンファレンスを患者把握の中心に据え、1人の主治医がすべてを抱える従来型から、データを共有して複数の医師で診る分散型へ転換しました。

仕組み2:臨床工学技士へのタスクシフト(指示提案書方式)

透析条件の設定について、臨床工学技士が過去データや前施設の情報をもとに「指示提案書」を作成し、医師が内容を確認して署名する方式を整備しました。医師の判断と責任は担保しつつ、透析未経験の医師でも指示を出せる流れです。医師事務作業補助者の透析室配置とあわせて、これが新体制の背骨になりました。

仕組み3:処方・検査・緊急対応の徹底したセット化

臨時処方の内容、年間の定期検査スケジュール、胸痛時の初期対応などを、あらかじめ標準セットとして整備しました。専門医の頭の中にあった判断を、誰が見ても同じように動ける形式知に変える作業です。目指したのは「考えなくても回る仕組み」でした。

仕組み4:医事・レセプト・電子カルテの整合性確保

診療科の区分をどうするか、透析由来の入院はどの科で扱うか、加算の算定日と記録の関係はどうなるか。臨床側の体制変更は、必ず医事課と電子カルテに波及します。ここを後回しにすると患者負担額や算定に実害が出るため、医事課・システム部門を検討の初期段階から巻き込みました。

仕組み5:地域連携の再構築(専門医不在を隠さず伝える)

近隣の医療機関に対して、「専門医が退職し、後任はいない」という事実を正式に周知しました。そのうえで、シャントトラブル時の依頼先を特定の基幹病院に固定し、医師同士が直接連絡できるホットラインを整備。弱みを開示したからこそ、地域からの協力を得られたと考えています。


5. 現場のCE・看護師・事務が最初にやるべきこと

もしあなたの施設で同じことが起きたら。当事者としての経験から、最初の一歩を3つに絞って挙げます。

  • 現状の業務を「医師にしかできないこと」と「他職種に移せること」に分解して書き出す。体制検討の土台は、この業務分解表がすべてです
  • 地域の透析施設の受け入れ余力と救急対応の実情を把握する。存続か閉鎖かの判断材料は院外にあります
  • 医事課・システム部門に早い段階で声をかける。臨床の理想論だけで設計した体制は、算定と電子カルテの壁で必ず止まります

実体験より

私の経験の範囲では、この種の検討で最も時間がかかったのは医学的な議論ではなく、「診療科をどの区分で動かすか」「書類は誰の名前で書くか」といった事務的な取り決めでした。地味に見える論点ほど、患者さんの窓口負担や病院の収益に直結します。コメディカルがこの領域まで目配りできると、検討の質が一段変わると感じています。


6. よくある質問(FAQ)

Q
専門医がいない透析室は、法律的に問題ないのですか?
A

透析施設に透析専門医の配置を義務づける法律はありません。ただし、施設基準や加算の要件、医師の指示のもとで各職種が業務を行うという原則は当然に適用されます。体制変更の際は、地方厚生局や関係団体への確認を含め、施設ごとに慎重な検討が必要です。

Q
非専門医だけで透析患者を診るのは危険ではないですか?
A

リスクはゼロではありません。だからこそ、データカンファレンスによる集団での患者把握、対応のセット化、地域の専門施設との連携ラインといった安全装置を重ねる必要があります。「専門医1人に依存する体制」と「複数の非専門医+仕組みで支える体制」のどちらが持続可能かは、施設の状況によって答えが変わります。

Q
臨床工学技士が透析条件を提案するのは業務範囲を超えていませんか?
A

最終的な指示・決定はあくまで医師が行います。臨床工学技士はデータに基づく提案書の作成までを担い、医師が確認・署名する形です。タスクシフト/タスクシェアの推進は国の政策としても進められており、各職種の業務範囲の整理は厚生労働省の通知等で示されています。運用設計の詳細は、シリーズ第2回で解説します。

Q
うちの病院でも同じ体制を導入できますか?
A

そのまま移植はできません。医師数、地域の施設分布、患者構成によって最適解は変わります。ただし「業務の分解」「セット化」「地域への開示」という考え方自体は、規模を問わず応用できると考えています。


⚠️ 免責事項
本記事は筆者個人の経験と公開情報に基づく情報提供であり、特定の施設運営・診療方針を推奨するものではありません。記事中の事例は、個人・施設の特定を避けるため時期や細部を変更しています。実際の体制変更にあたっては、必ず自施設の管理者、関係診療科、地方厚生局等にご確認ください。また、治療に関する判断は主治医・担当の医療スタッフにご相談ください。


参考文献

  1. 日本透析医学会統計調査委員会. わが国の慢性透析療法の現況(2024年12月31日現在). 日本透析医学会雑誌. https://docs.jsdt.or.jp/overview/
  2. 厚生労働省. 現行制度の下で実施可能な範囲におけるタスク・シフト/シェアの推進について(医政発0930第16号, 令和3年9月30日). https://www.mhlw.go.jp/
  3. 厚生労働省. 医師の働き方改革について. https://www.mhlw.go.jp/

執筆者プロフィール

臨床工学技士(国家資格)。登録年:平成15年(2003年)、登録番号16,000番台。透析専従20年以上、担当症例1万件以上。北海道内の病院で維持透析・急性期血液浄化に従事。透析専門医不在体制への移行、腹膜透析プログラムの立ち上げ、透析機器の更新計画など、臨床と運営の両面に携わってきました。現場のCE・看護師の判断材料になる一次情報の発信を心がけています。


この記事を読んだ方におすすめ(シリーズ予告)

本記事は全6回シリーズの総論です。各論は順次公開します。

  • 第1回:非専門医11人で透析室を回す|医師体制の2層設計とデータカンファレンス
  • 第2回:CEが体制の要になった|「提案書→医師サイン」方式のタスクシフト実務
  • 第3回:「考えなくても回る」仕組み|処方・検査・緊急対応のセット化
  • 第4回:見落とされがちな医事・レセプトの壁|診療科区分と算定の落とし穴
  • 第5回:専門医不在を「隠さず伝える」|地域連携の再構築と存続チェックリスト

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